日本のヘレン・ケラー 中村久子の生涯
8年がかりでようやく完成しました。

病気で両手、両足を切断してもハンディにまけず、
貧困にもまけず生きてきた中村久子さんの
生涯を紙芝居にしました。
平成15年4月30日の産経新聞にも取り上げられました。


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壮絶な生涯 紙芝居に
日本の“ヘレンケラー”
「勇気と夢 持ってほしい」 大阪の杉浦貞さん8年がかり制作

 幼いときに病気で両手、両足を失いながらたくましく生きた岐阜県出身の女性の生涯を、紙芝居師の杉浦貞さん(71)=大阪市北区=が、初めて紙芝居に仕立てた。杉浦さんは「自殺者が3万人もいる時代。大人には自分よりもっと苦しい人の人生を知ることで勇気を持ってほしい。子供には夢は他人に与えられるもんじゃなく、自分で作るものということを感じてほしい」と話している。

 モデルとなた女性は、故中村久子さん。明治30(1897)年、岐阜県高山町(現高山市)に生まれ、3歳のときに病気で両手両足を切断した。7歳で父親が亡くなり、障害のため学校にも行けなかった。しかし母親の厳しいしつけを受け、独学で口を使っての針仕事、文字を書くことを習得した。
 貧困のなかで、生きるために見せ物小屋で働いたことも。関東大震災や病気の夫との死別などの苦労にも負けず、二人の子供を育て上げた。昭和12年に来日したヘレン・ケラーは「わたしより不幸な、そしてわたしより偉大な人」という言葉を贈ったという。晩年は障害者福祉に力を注ぎ昭和43年72歳で亡くなった。
 一方杉浦さんは現在も大阪市内の公園を毎日回り子供たちに紙芝居を見せている。古い紙芝居の保存や新作紙芝居作りにも取り組んでおり、四肢切断という重い障害を持ちながら、自立して生き抜いた中村久子さんの人生に感銘を受け、平成5年から紙芝居を作り始めた。
 しかし、重く深刻なテーマの前に脚本が進まなかった。また、紙芝居独特の絵を再現できる絵師がおらず、何人mの絵師を雇っては解雇した。
 制作費約200万円をかけ、8年がかりでようやく8巻、60枚の紙芝居「中村久子の生涯」が完成。このほど、募金などで作成費の一部をカンパした支援者の前でお披露目を行った。
 紙芝居では不幸を嘆いた久子の母が心中を図る場面や、独力で口にはさみや針を持つ方法を編み出し、15歳で着物を作ったエピソード、ヘレン・ケラーとの出会いなどがつづられている。
 杉浦さんはこの紙芝居を講演会などの場で大人にも見せるつもりだ。「久子は生きる力を与えてくれる。自分の運命に挑戦しないと何もできない。たかが紙芝居屋のオヤジだが、自殺者の半分でも救えたら」と話す。
 また、子供たちについて「いまの中学生は100人に一人しか夢を持っていない。子供たちには人の役に立つ楽しみや誇りを持ち、自分を信じて生きていく力をつけてほしい」と、紙芝居を通じて人生の素晴らしさを訴えていきたいという。

平成15年4月30日の産経新聞より

 


NPO法人 紙芝居文化協会
杉 浦   貞
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